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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)7778号 判決

原告

若松幸子

右訴訟代理人

柳沼八郎

倉科直文

被告

高波武良

被告

有限会社 新樹

右代表者

高波武良

右両名訴訟代理人

丹羽健介

菅原信夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因第一項中原告と被告高波の間で昭和四〇年六月四日に本件店舗につき期間五年、賃料一ケ月八万円及び原告主張の特約(ハ)を付して賃貸借契約が締結されたこと、昭和四五年六月に右契約は期間五年の約定で更新された上、昭和五〇年六月一三日に期間が満了したことはいずれも当事者間に争いがない。

二原告が同被告に対して昭和五〇年六月三〇日付の文書で更新に異議を述べ、予備的に契約解除の申し入れを行つたことは、いずれも当事者間に争いがなく、原告は本件賃貸借には借家法の適用がないから右更新拒絶、解約申し入れに正当事由は不要であり、従って本件賃貸借は遅くとも昭和五〇年一二月末日には終了した、と主張する。

しかしながら、借家法はその適用対象を「建物の賃貸借」と規定するだけで、賃貸借の目的物が住宅か貸ビル等の営業用建物かによつて適用の有無を区別しておらず営業用建物の賃貸借であるとの一事をもつて同法の法定更新・解約申入に関する規定を排除し、正当事由を不要とすることは同法の文理上困難である。また、営業用の建物の賃貸借といつてもその態様は千差万別であり零細な自営業者、個人については、営業用建物についても借家法の適用を認めた上で、同法一条の二の正当事由の判断にあたり当該賃貸借の実態を考慮して当事者の利害の調節を図ることにより初めて妥当な結論を得ることができるものと考えられ、実質的見地からも借家法、なかんずく同法一条の二の適用なしとするのは相当ではないというべきである。したがって、原告の前記主張は採用できない。

三解除権留保特約について

本件賃貸借において、賃貸借条項(ハ)記載の特約があったことは当事者間に争がない。しかしながら右特約は、更新拒絶、解約申し入れに正当事由を要するという借家法一条の二を排除するものであり、貸主の恣意的、一方的解除を認めるものであるから、借主に不利なものとして、借家法六条により無効と解すべきである。

四商慣習について

請求原因第六項記載の事実はこれを認めるに足りる証拠がない。

五正当事由について

1  原告側の事情

成立に争いのない甲第一ないし第三号証および原告本人の供述(第一回)を総合すれば以下の事実を認定することができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  原告は昭和三八年頃本件若松ビルを新築所有し、その一階から三階までは「ワカナミ」の名で自ら飲食店を経営して使用し、四階は自己の住居及び「ワカナミ」従業員の宿舎として使用し、地階はマージャン店に貸していたが、昭和四〇年六月一四日に二階部分を被告高波に賃貸し、昭和四二・三年頃に一階、三階を訴外伊藤彦一に賃貸し、それぞれ一階はストリップ劇場、二階はキャバレー、三階はゴーゴー喫茶として使用されるに至った。

(2)  本件ビル建設は、新宿区西大久保一丁目の本件ビル付近が現在のように繁華街として繁栄する以前のことであつたため本件ビルの構造は旧式で設備も悪く、エレベーターはなくトイレは一フロアに一つ、上下水道も一つという状態であり貸ビルとしての機能が新しいものに比べて劣り、貸室も使いにくいものであること。

(3)  また、本件ビルは鉄筋コンクリート造であり建築後一四年余しかたつていないとはいえ、附近にビルが余りない時に建てたので、その後の附近のビル建築工事の急増による振動、その他の影響で、いたみがかなり激しく、水もりする所もあること。

(4)  最近本件ビル所在地附近はとみに発展し、新築ビルが林立している為に、本件ビルがこの様な悪条件のまま取り残されることは本件ビルの賃貸条件を悪化させ収益力を著しく低下させる虞れが大きいこと。

(5)  原告は本件ビルの収益によつて生活を支えており、また、本件ビル四階は、原告自ら住居として使用していること。

(6)  以上の事情で原告が建替えの必要性を感じていた所にたまたま、昭和五〇年五月頃原告の知人から好条件で建替えができるという話をもちこまれて、その決意をするに至り、現在では既に地階、三階の借主を立退かせていること。

(7)  原告は立退料として保証金五〇〇万円の返還の他一、〇〇〇万円の提供を申し出ていること。

2  賃借人側の事情

成立に争いのない甲第九、第一〇号証、昭和五二年二月一一日当時のサイセリアの写真であることに争のない第一六号証の一ないし三、本件建物及び内部の状況写真であることに争のない乙第三ないし第一二号証、第一五ないし第二〇号証、および被告高波本人の供述(第一、二回)を総合すれば以下の事実を認定することができ、この認定を覆するに足りる証拠はない。

(1)  被告高波は昭和四〇年六月一四日原告の懇請により本件建物を賃借して以来、クラブ「ナミ」を経営し生計をたててきたこと。

(2)  この種の営業には店舗の場所が営業成績をきめる重要な要因であり、本件ビルが新宿区西大久保一丁目にあることが非常に有利に働いた為に「ナミ」の経営が順調であったこと。

(3)  しかし、原告が更新期間が満了した昭和五〇年六月以後、被告高波を立退かせる為に執よう、悪質な営業妨害行為をくりかえしたので従業員も全員店をやめ営業不能となつて、ついに事実上、本件店舗から出て行かざるを得なくなり、やむを得ず同被告は新宿区歌舞伎町に友人と共同で飲食店「サイセリア」を出店するに至つたこと。

(4)  この間の原告の営業妨害行為は、自らもしくは人を介して階段や天井をこわし、水をまく、あるいは、くさやを焼いたりクレゾールをまいたり店の入口に暴力団風の男をたむろさせる。三階では空手道場と称して二階のクラブ「ナミ」の営業時間中に騒ぐ、二階では暴力団極東組の看板を掲げ、堅気の者入るべからず式の告示と称するものを掲示するなどきわめて悪質であり、ついに店をしめるに到るまでの被告高波の精神的苦痛は甚大なものであるうえ、新たに出店するまでの休業による損失、出店の費用など同被告が原告の行為により被つた損害は多大なものであること。

(5)  「サイセリア」の営業は一応順調ではあるが、業種のちがいもあつて「ナミ」には及ばず、被告高波としては再び本件ビルで「ナミ」を営業することを強く望んでいること。

以上、認定の事情を総合すれば、原告側の建物建替の必要性もそれなりに認められなくはないが、客観的に建物が、全く使用できないわけではないのに、たまたま建替えの可能性が出てきたため、昭和四〇年以来誠実な賃借人として義務に欠けるところもなく、その間一〇年余営々として営業の基盤を築いてきた被告高波に対し悪質な営業妨害行為を繰り返えして事実上の営業廃止に追い込んだことや被告高波が事実上の営業廃止により物心両面に蒙つた甚大な損害にもかかわらず本件建物での営業再開を強く希望していることなどの事情を勘案すると、原告が立退料として一〇〇〇万円の提供を申入れていることを考慮しても、その程度の立退料の提供ではとうてい原告のなした昭和五〇年六月三〇日付書面による更新拒絶や解約申入に正当事由ありとはなし難い。

六被告会社新樹の占有権限について

1  請求原因第八項の事実は、当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第四号証および原告本人、被告高波本人の供述(いずれも第一回)を総合すれば、被告会社は被告高波が税金対策の為にクラブ「ナミ」の経営を形式的に法人化したにすぎず、営業の実態、建物の使用状況には何の変化もなかつたこと、被告高波は原告に対し、税金対策の為に有限会社「新樹」を設立する旨告げており、原告も承知していたこと、昭和四五年六月に締結された更新契約書には借主として「新樹」の名も加えられていたことが認められ、右認定の事実を総合すれば、被告会社「新樹」が被告高波の賃借権に基づいて、本件建物を占有使用することを原告は本件紛争に到るまでの数年間承諾していた事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

原告は、これに対し、予備的再抗弁として被告高波との間の賃貸借終了を主張するが、本件賃貸借契約において原告のなした更新拒絶、解約申入は、正当事由を欠くこと既述のとおりであるから、原告の主張は理由がない。

七被告らの階段部分の占有権限について。

1  請求原因第九項のうち、被告らが本件若松ビルの一階から二階をへて三階へ通じる階段部分(以下本件階段部分という。)を占有していた事実は当事者間に争いがなく、本件建物内部の写真であることに争いのない乙第三ないし第六号証および被告高波本人(第一回)の供述によれば、本件階段部分に設置されたロッカー、棚などの造作は、昭和五〇年九月頃、原告により破壊、収去され現在は存在しないことが認められる。

2  のみならず、被告高波の供述により真正に成立したものと認められる乙第二号証および原告本人、被告高波本人の各供述(いずれも第一回)を総合すれば、その間の事情として、次の事実が認定できる。

(1)  昭和四〇年の本件賃貸借契約締結当時、被告高波が警察に営業許可申請する際の添付図面に、二階踊り場部分にクローク設置の記載があり、許可については家主の承諾が必要であるから被告高波は原告にその図面を示して承諾を得たうえ、許可申請をしたこと。

(2)  原告はその後、実際にもクロークが設置されていることに気づいていたが、別段異議を述べるなどしていないこと。

(3)  その後昭和四三年頃、三階の賃借人がフロアを広げる為に家主の承諾を得て、本件階段の三階の上り口をふさいだのをさいわい、被告がクロークの場所を移し、さらに、昭和四五、六年頃、本件階段部分にロッカー、棚などの造作を設置するに至ったこと。

(4)  原告は、昭和四五年の六月の更新時に、被告らの右行為につき特に異議をのべることもなく、その後昭和五〇年五月の契約期限切れ真近に原告が被告らに対し賃料値上げを要求した際も、本件階段部分の造作、占有が問題とされることはなかったこと。

(5)  本件賃貸借において、賃料は三年毎に値上げされており、本件階段部分の使用による被告らの占有面積増大も、当然その中に評価されていると考えられること。

以上認定の事実によれば、原告は被告らの本件階段部分の占有拡大につき明示の承諾を与えていた訳ではないが、数年間にわたり被告らの占有を容認していたことから黙示の承諾があったと推認することができ、原告本人の供述のうち、右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

八結論

以上の次第であって、原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(麻上正信)

第一、第二物件目録〈省略〉

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